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1 名前:ばーど ★:2019/07/04(木) 17:02:52.33 ID:JcDeAQIk9


20190704-00010003-abema-002-view「トモの声が聞きたいというのが一番。顔も見たいし、安心させてもらいたいという気持ち。トモからの連絡が欲しい。元気だよ、という声だけでもいいので…」



7年、当時13歳だった息子が自宅を飛び出して失踪。今も行方が分かっていない佐藤智広さん(現在20歳)の母・舞さんはそう訴える。



智広さんがいなくなったのは、2012年1月15日の夜のことだった。1時間経っても帰ってこないことから舞さんが市内を車で探し回ったが発見できず、翌16日の朝、警察に捜索願を出した。電車やバス、タクシーでの目撃情報もなかった。警察では事件と事故の両面から捜索をした。ヘリも使い自宅の近くの川なども捜索したが、手掛かりは掴めなかった。



その日の旭川の気温は氷点下15度。しかし服装はグレーのズボンに薄手の黒いジャンパー、白いスニーカー(27cm、靴紐の色が左右で違うもの)という軽装だった。しかも携帯電話は自宅に置いたまま。持って出た財布には「千円札と小銭と、300円券分のバス券が3、4枚」と舞さん。ただ、バスに乗った形跡はなかったといい、タクシー運転手や駅の待合室の防犯カメラからの情報も得られず、当時の警察による捜索でも、「トモ(智広さん)につながる情報は全くないという状況」。



国立大学付属中に合格、1年生だった智広さんは医師を目指していたといい、運動神経も良くサッカー部ではゴールキーパーを務め、クラスではいつも中心にいた。失踪の前日、実はテレビのチャンネル争いで2歳上の姉と喧嘩になったという。2013年当時、姉は取材に対し「言い争いになって喧嘩して、弟が腹立てて壁に穴を空けて、自分の大好きだったゲーム機(ニンテンドー)DSを割って」、舞さんも「“何でこんなんなっているの?“って言って、私もパツンとブチ切れちゃって、向こう(智広さん)もブチ切れちゃって、そのまま飛び出して行った」と証言。祖母は涙ながらに「じいちゃんだって、ばあちゃんだってみんな心配してるから帰ってきて。早く」と訴えかけていた。




https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190704-00010003-abema-soci&p=1
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